2016年7月24日

死者の宮殿と古城アムダプールの類似性についての検証

※ 死者の宮殿
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死者の宮殿!

またの名を、ディープダンジョン!

不定形な内部空間! 奇妙な魔物たち! 無数の罠!

まぶしく輝く専用武器! あでやかに艶めくサキュバスのふともも!

魅惑のララフェルボディからのすらりと長いふともも!



みんなー、楽しんでいますかー!?



ハイ、良いお返事ですね。



それじゃ、みんなー、景色を見ていますかー!?


・・・


死者の宮殿がアムダプールの古城遺跡に似ているって、気づいていますかー!?


・・・・・・




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死者の宮殿に入ってすぐ、(あれー?どこかに似ているような・・・?)と思った私。

うーんと考えて、(あそこかな?)と思いついた古城アムダプールへ久しぶりに行って確認してきました。

写真を見比べてみれば、案の定でしたね。

「死者の宮殿」と「古城アムダプール」の、壁や扉の飾り模様なんかがそっくりだったのです!


まずはそれらを並べてご覧に入れましょう。




それから、どうしてそういう類似性が生まれたのかという点について歴史書をひもといて振りかえることにします。



今日はそんな記事!




(これ以降、たくさんの写真と歴史の話と、推測がうだうだ続きます)







※ 古城アムダプール
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さて、やってきました、アムダプールの古城の方です。

気をつけて行きましょう。

物騒な方法で「民の救済」とやらを目指す邪教のみなさんが目を光らせていますからね。







※ 古城アムダプール
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アムダプールの建築では、正方形を斜めに配置して積み上げたような意匠がよく見られます。

ほら、このたいまつの台座のようにね。

◇◇◇◇
◇◇◇◇

こんなかんじ。






 死者の宮殿
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つづいて、これは死者の宮殿の中のたいまつです。

ね? まったく同じでしょ?









※ 古城アムダプール
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正方形を斜めにして積み上げた特有の模様は、アムダプールの多くの壁でも見られます。

ここでは二重の正方形になっていますね。



また、壁に設置されたランプの台座の形と、石柱の下の方の細かな渦巻き模様にもご注目ください。








※ 死者の宮殿
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死者の宮殿で、サキュバスに変身したときの写真をふたたび。

壁の正方形の模様と、石柱の渦巻き模様がいっしょですね。








※ 古城アムダプール
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今度は扉を見ていきましょう。

まずはアムダプールの古城にあった扉です。

金属製の扉には、縦の直線と、渦巻きのような模様が刻まれていました。


残念ながらがれきが塞いでしまって通れなくなっていました。









※ 死者の宮殿
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同じような扉は死者の宮殿にもありました。

こちらは保存状態が良く、開閉可能でした。

扉の模様はよく似ているものの、アムダプールの扉の模様とは、左右反転しているのがおもしろいところですね。

取り付けるときにまちがえたのかな・・・?


柱についたランプも忘れずにご覧ください。
やはり共通の形でした。




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うーむ。

この二か所で、建物の意匠が似ているのはなぜでしょう?



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前提を確認しておきましょうね。

鬼哭隊や角尊らの調査によれば、死者の宮殿はゲルモラ時代の建築だということが分かっています。
 ↓↓↓



アムダプール、ゲルモラ、グリダニア。

黒衣森にまつわる歴史を振り返ることで、この二つの遺跡がつながってくるに違いありません!







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歴史書によれば―――


アムダプールとは、第五星歴に、現在の南部森林を中心に栄えた白魔法の国です。

魔法で栄えた他の国々との戦争、通称「魔大戦」をくり広げたと言われています。


アムダプールが滅亡したのは第五星歴末期で、およそ1500年前のこと。

黒魔法を得意とした国「マハ」による侵攻を受け、アムダプールの人々は市街と城を放棄しなければならなくなりました。

都市の放棄には、魔力の衝突が招いた、のちに第六霊災と呼ばれる大洪水も影響したかもしれません。









人々は第六霊災をなんとか生き延び、いくらか穏やかな第六星歴に入りました。

しかし、生き残った人々が再び結集しても、アムダプールのような地上都市は再建できませんでした。


その理由のひとつは、彼らが魔大戦と第六霊災の一端を担ったせいで、黒衣森を守護する大精霊の怒りに触れたためかもしれません。

(大精霊に許してもらえないと何が困るのか不明ですが・・・。作物が実らないとか狩猟がうまくいかないとか洗濯物が乾かないとか?)

(この経験から、黒衣森の民は森林開発のたびに精霊と対話して許しを請うようになったようです)



また、アムダプール滅亡後の黒衣森は、イクサル族勢力が地上を支配していて、人々が住むには適しませんでした。


そんなわけで、やむを得ず地下に造りあげたのがゲルモラという都市国家でした。




―――長くなってしまいました。


ともかく、こういう歴史的背景を見てみれば、ややこしく考えるまでもありませんね。


アムダプール時代の建築様式が、その滅亡後に造られたゲルモラ建築(死者の宮殿)に引き継がれているのは当然のことと言っていいでしょう。



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都市の滅亡によって地下へ逃げのびた人々がかつての意匠をだいじにした理由はなんでしょう?


昔の栄華を懐かしみつつ、いつか再び地上へという気持ちを込めていたのかもしれませんね。



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ちなみに。


中央森林にある「タムタラの墓所」も、死者の宮殿と同じく、ゲルモラ時代に造られたそうですよ。


ゲルモラの民が、念願の地上都市グリダニアを建国できたのは、今から550年ほど前のこと。

そのために、絶対王ガルヴァンスの率いるゲルモラ軍は、黒衣森からイクサル族を放逐したそうです。


グリダニア時代を築いた英雄であるガルヴァンス王は、奇妙なことに「ゲルモラ時代にできたタムタラの墓所」に葬られています。


せっかくなら念願の地上に墓所を造ればよかったのにとも思いますが・・・その理由はさっぱり分かりません。


「王の死んだ頃にはまだ地上に格式高い墓所が築かれていなかった」とか、「【母なる地下に帰ろう】みたいな志向があった」とか・・・かな?



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2 件のコメント:

  1. 死者の宮殿とアムダプールは似ているにも関わらず、タムタラはアムダプールとあまり様式が似ていないのも謎ですね
    ガルヴァンス王の墓についてですが、ガルヴァンスの墓とされてるのが2箇所存在している点と大きいほうの墓にはヴォイドの魔紋と似通った模様があったりしたりいろいろ怪しいところがががが

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  2. ゲルモラ関係のものは死者の宮殿、タムタラ、トトラクの千獄周辺、北部森林ゲルモラ遺跡周辺、中央森林東側の牢獄などですね
    資料が少ないゲルモラについてはタムタラが一番情報残ってるとは思いますよ
    ゲルモラ時代から妖異との関係を匂わすものがいくつか残ってます

    返信削除